輪島崎大祭 Wajimazaki Taisai

明かりを灯した港内船上にたなびく約1千枚の大漁旗をバックに行われる壮大な合同乱舞。

天神昇龍燈  Tenjin Syouryutou

輪島大祭最終日、輪島崎大祭り(8/25・26)
全長:約9m ・ 高さ:約5.5m ・ 龍の全長:約25.0m(推定)


 


輪島前神社は、天神様-学問の神様-菅原道真縁のお宮です
輪島崎の大祭は、御輿渡御や各種竹ギリコの乱舞、大松明下で御幣の奪い合い、明かりを灯した港内船上にたなびく約一千枚の大漁旗など多くの見所があり毎年多数の観衆でにぎわいます。


 

能登二行和紙
90cm×60cm
620枚
切張総枚数
約6800枚
針金
約450kg
針金固定箇所
約11000箇所
電球
約430個
発電機
5台

 

主催

「輪島崎大ギリコ」実行委員会

事務局 : 輪島市輪島崎町1-78-230
協 賛  : 輪島崎船主会・輪島崎町内会・漁業会・輪島崎婦人部・輪島崎青年部


 

菅原道真の怨霊

学問の神様として知られる、菅原道真。
菅原道真が祀られている京都の北野天満宮は道真の業績を称えるためだけではなく、彼の怨霊を鎮めるためだとか・・・?学者の家計に生まれた道真は若い頃から優秀で、弱冠26歳で国家試験の最高峰である方略式(ほうりゃくしき)に合格した。(230年の間に65名しか合格者がいないという超難関)優秀につき、出世街道まっしぐら。当然、反感も買うことになる。特に左大臣藤原時平を中心とする藤原氏たちのねたみを買うことに・・・。

901年、道真はその時平の策略により大宰府に左遷され、二年後には都を呪いながら最後を遂げた。その後、道真の怨霊はかってないほど恐ろしい災いを撒き散らすこととなった。まず、京都の地に干ばつや疫病が大流行し、彗星が現れた。そして、もっとも強烈と言えるのが、会議中の清涼殿への落雷の直撃だろう。

大納言藤原清貴は即死、右中弁平希世は顔を焼き、公卿数名が胸を裂かれたり腹を砕かれるなど悲惨な死に方をしている。さらに道真失脚に加担した菅原菅根が病死。翌年29歳と言う若さで時平が死亡。その後も時平の縁者や道真を陥れた者等が次々と不幸な死を遂げていった。一連のショックで醍醐天皇は発病し、皇位を譲って七日後に死亡してしまう。


 



News

2004年 輪島先大祭

日時:8月25日宵祭・26日本祭(輪島大祭最終日)
時間:午後6時30分より8時頃まで
場所:輪島前神社向い、輪島港

・ 天竜昇龍燈
・ よさこい(2チーム)

輪翔(わしょう)めだか(輪島)
いやさか組(七尾・石崎)
輪島キリコ太鼓

体験  大型体験ギリコ「天神昇龍燈」

  • 帰省・観光客にも、「大型体験キリコ」として参加できます。
  • トイレ・休憩施設・お祭案内所など設置。